【一乗谷編1:復原街並】歴史好きにお勧め。福井の魅力スポットを1日で巡る

タイムスリップ体験。一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並

一乗谷朝倉氏遺跡の「復原町並」は、まるで当時にタイムスリップしたような体験ができます。

当時の建築技術を使い、地下に残されていた塀の石垣や建物の礎石を使って「復原」されているからです。

更にここは国の三重指定を受けている希少な場所です。

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歴史好きにお勧め。福井の魅力スポットを1日で巡る

福井には、歴史好きな人にこそ、押さえておいて欲しい魅力のスポットがあります。

でも、場所が各地に点在しています。

公共交通機関を使う場合、どう回るのが効率良いでしょうか。

実際に僕が一日で巡ったルートをたどっていきましょう。

永平寺から一乗谷朝倉氏遺跡へ

永平寺を後にして、次の目的地である一乗谷朝倉氏遺跡へ向かいます。

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永平寺から一乗谷朝倉氏遺跡への移動は、朝倉特急バスを使います。

14:35 永平寺バス停を出発する便です。

一乗谷朝倉氏遺跡とは

さて、一乗谷朝倉氏遺跡とは、どんな場所かご存じでしょうか。

一乗谷は、かつて越前国を支配した戦国大名 朝倉氏の本拠地だったところです。

・越前朝倉氏(Wikipedia)

一乗谷の繁栄

当時は大変繁栄しており、

都の けしきたちも をよばじ

と歌われたほどです。

最盛期には、人口1万人を超え、京都・大阪堺に続く大都市でした。

・一般社団法人 朝倉氏遺跡保存協会 ホームページ

城下町の跡が、そのまま埋もれていた

しかし、朝倉氏は1573年の刀根坂の戦いで織田信長に敗れたため、一乗谷も織田信長によって火を放たれ灰燼に帰してしまいました。

そして、その後昭和42年からの発掘調査が始められるまで約400年の間、戦国時代朝倉氏の城下町の跡が、そのまま地面の下に埋もれていました。

当時の遺構がそのまま残っているという点で、当時の姿を知るには大変に価値があります。

そういえば数年前には、某携帯電話会社の「犬のお父さん」のCMのロケ地にもなっていました。

一乗谷朝倉氏遺跡は某携帯電話会社CMのロケ地(ソフトバンク)

国の三重指定を受けている希少な場所

また一乗谷朝倉氏遺跡は、国の三重指定(特別史跡・特別名勝・重要文化財)を受けています。

これと同様の例は、5件しかないことから、とても希少な場所です。

※他の5件=京都の金閣寺、銀閣寺、醍醐寺三宝院、奈良の平城宮、広島の厳島神社

一乗谷朝倉氏遺跡

一乗谷は谷全体が遺跡のようなものです。

いまでは発掘が進み、一部では「復原町並」で往時の姿を知ることができるようになっています。

復原と復元

ところで、一乗谷朝倉氏遺跡の「復原町並」は『復元』ではなく、『復原』の字が使われています。

ここでは、違う意味として使い分けられています。

  • 『復元』=推測に基づいて再現されている
  • 『復原』=確かな根拠をもとに再現されている

一乗谷朝倉氏遺跡の「復原町並」では、当時の建築技術を使い、地下に残されていた塀の石垣や建物の礎石を使う事で、まるで当時にタイムスリップしたような体験ができるということです。

永平寺バス停の位置に注意!

永平寺バス停で、一乗谷朝倉氏遺跡行きのバスを待ちます。

乗車するバス停は、福井駅から永平寺に来たときに降車したバス停と同じ場所です。

なお道を挟んだ正面には、特急バス福井駅方面などが発車するバス停があります。

屋根もあり目立つのですが、そちらではありません

永平寺バス停で、一乗谷朝倉氏遺跡行きのバスを待つのは、こちらのバス停ではありません。道を挟んだ反対側です。

間違えないように注意が必要です。

バスに乗り、一乗谷朝倉氏遺跡を巡る拠点である「復興街並」を目指します。

一乗谷朝倉氏遺跡に到着

永平寺のバス停を出発すると、先ず参道の先ほど通った参道の入口を右折します。

途中、山道を走り、峠をトンネルで越え、細い道を進みます。

足羽川に出て、橋を渡り右折。

続いて、足羽川沿いを少し走った後、支流方向に左折すると、一乗谷朝倉氏遺跡はもうすぐそこです。

一乗谷朝倉氏遺跡の復興街並の駐車場がバス停です。

ここまでは、約20分

14:55 到着しました。

復原町並へ

それでは、先ずは復興町並へ行ってみましょう。

と言っても、バスの降車場所からは目の前です。

売店脇の入り口で、入場料を支払います。

一人当たり、大人210円です。(約2km離れた一乗谷朝倉遺跡資料館との共通券は230円)

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の入口

復原町並では、大規模な武家屋敷と、小規模な町家からなる町並みが復原されています。

武家屋敷跡

先ず、山側(通りの西側)の武家屋敷に足を踏み入れます。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の山側の武家屋敷

この復原町並みで特筆すべき事は、原寸大に復原された街並みに、自分の身を置いて歩き、体験することができることです。

当時の生活の場に、溶け込むことができるってすごいことじゃないでしょうか。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷の案内板

武家屋敷

山側に連続する武家屋敷群の内の一つで、朝倉氏の家臣の住まいであった可能性があります。

北には大規模な建物跡があり、屋敷の中心となる主屋と推定されます。主屋には縁から眺められるよう、簡素な庭が配されていました。

一方、南には蔵跡が検出されたほか、貯蔵用の大甕や井戸があり、台所のような施設が推定されています。敷地の南北は門の近くで堀によって仕切られ、南北の敷地をそれぞれに直接出入りできるよう、二つの門が配置されています。

この穴は何でしょうか?

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷跡の中の穴

土塁が復原されています。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷の土塀

武家屋敷の門を抜け、「通り」に出ましょう。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷の門

町家へ訪問

通りにでると、東側には町家が並んでいます。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の通りから町家を眺める

屋根は瓦では無く、板です。

遺跡から瓦は発掘されていないため、板屋根であっただろうということが分かります。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の屋根は板屋根

町家に入ってみましょう。

井戸は、家の中にあるんですね。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の中には井戸があった

町家の建築・道具と材料

町家の建築・道具と材料について説明があります。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の案内板「町家の建築・道具と材料」

町家建築・道具と材料

戦国時代の建築には、チョウナやヤリガンナと言う現在では使われない道具が用いられていました。それらを使用した痕跡を、復原家屋の柱や梁などに見ることができます。

建物に使用した木材には檜や松のほかに、現在では使われなくなった栗も使用されています。また、出土した土壁に小舞の跡が残っていることから、竹を碁盤の目に組み、その上から壁土を塗っていることがわかいます。

実際の道具が展示されています。

上から、ヤリガンナ、斧、チョウナ

梁の削り跡も、これらの道具を使ったものでしょう。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の梁には削り跡が残る

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の梁には削り跡が残る

町家の建築・工法

町家の建築・工法について説明されています。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の案内板「町家の建築・工法」

町家の建築・工法

一乗谷朝倉氏遺の建物の多くは、平らな石の上に柱を載せて建てる「礎石建物」と呼ばれるものです。

復原された建物は、発掘調査によって得られた建物の間取りデータと発掘調査によって得られた多種多様な建物部品を複製して使用しています。

こうした実証的な資料を用いるとともに、戦国時代に描かれた各種絵画資料を参考に復原されています。

なるほど

説明の通り、石の上に柱が載せられています。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の礎石建物

外壁は荒土壁で塗られています。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の外壁は荒土壁で塗られている

町家の中の様子

町家の中の様子です。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家のパノラマ写真

裏庭に出ました。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の裏庭

着付体験用衣装?

町家の裏手に着物や冑が陰干しされていました。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の裏手に着物や冑が陰干しされていました

着付体験用だと思います。

商家

別の町家に入りました。

商家の様子が再現されています。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家に復原された商家

商家の説明板です。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の町家の説明板「商家」

商家

通路の交差点という位置をいかして、この家に住んでいたのは、焼き物などを売る商人と設定しました。ミセとなる表の部屋には、商品である色々の焼き物を置き、これを売るのは夫人です。ひもに通した銭は一束が百文です。また、戦の時は、武士として戦いに出る主人の腹巻鎧や刀も置きました。納戸の入り口かで、子供が恥ずかしそうに客をみつめています。土間には炊事の為の炉やカメやツボ等の生活道具、そして商品と思われる荷物が見られます。

この説明にある「ミセ」つまり「見せる」という意味が、現在の「」の語源です。

再び通りに出ました。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の通り

復原街並地区についての説明がありました。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並地区の説明

復原街並地区

復原町並は、計画的に造られた道路跡とその両側に沿って発掘された屋敷跡と町屋跡の一部を、立体的に復原している地区です。

西側の武家屋敷と東側の武家屋敷では、敷地の大きさや、門の形が異なっています。また道に対して閉鎖的な武家屋敷と開放的な町屋の景観的違いがよくわかります。

通りの左右を見渡すと、武家屋敷側と町家側で雰囲気が違います。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の通りのパノラマ写真

武家屋敷へ訪問

次は復原された武家屋敷に入ってみましょう。

武家屋敷の門を比較

西側の武家屋敷の門を通りから見ます。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の西側の武家屋敷の門

東側の武家屋敷の門はこんな感じです。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の東側の武家屋敷の門

こちらの武家屋敷は中が復原されています。

入ってみましょう。

復原武家屋敷の中へ

門をくぐると最初のエリアには、井戸や納屋、板蔵のあります。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の復原武家屋敷の門をくぐった最初のエリア

復原武家屋敷について説明がありました。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の復原武家屋敷の説明

復原武家屋敷

この屋敷は約30m四方の基準的な広さを持ち、周囲に土塀を巡らし、西の道路に向って表門を開いている。屋敷内の南半に6間×4間の主殿を配し、これに接して東南隅に座敷と庭を設けている。北半には蔵や使用人が今日中したと考えられる納屋や井戸等が配されている。これらの建物は、発掘調査の結果に基き、絵画等の資料を参考にして推定復原を行った。屋根は割板で葺かれ、室内には畳も敷きつめられ、舞良戸(まいらど)・明障子の引戸が多く用いられている。木材の加工には、かんな・やりかんな・ちょうな等当時の道具を用いている。全体にかなり進んだ建築様式の住宅であったことが知られ、一乗谷の文化水準の高さが伺われ、興味深い。

町家と違い、広い。

便所も復原されています。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷に復原された便所

便所は家の外にあります。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷に復原された便所

塀中門の向こうは主殿です。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷の中で、塀中門の向こうは主殿

中では将棋を指している様子が再現されていました。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷の中では将棋を指す様子が再現されていた

復原武家屋敷主殿

屋敷の中心となる「主殿」と呼ばれた建物で、東南に小さな離れ座敷が附属します。建物は、中央の柱通りで二つに分けられ、南半分は畳を敷き詰めた表向きの部屋で、接客や主人の日常の生活などの場となります。主人と客が、将棋を指している場面を設定しました。北半分は低い板の間や土間で、納戸や台所となります。家人が、魚を鉄の箸で押さえて、さばいているところで、様々な生活道具を置きました。茶座敷となる離れ座敷には、茶道具を置きました。

台所では、箸と包丁で魚を捌いている様子。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷の主殿の台所

離れの茶座敷

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷の主殿の離れの茶座敷

武家屋敷の塀は、作りもしっかりしています。

一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並の武家屋敷の塀

復原街並を北に抜けました。

15:50

見所一杯で、気がつけば復原街並で一時間近くを過ごしていました。

さて続いて、一乗谷川を渡って、向かい側の朝倉館跡に行ってみましょう。

(part2:朝倉館跡へ)

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