【ミシュランの二ツ星の魅力、輪島キリコ会館へ】能登半島一日で一周

ミシュラン二ツ星の輪島キリコ会館

巨大な燈籠が練り歩く、能登のキリコ祭り

日本遺産にも認定されている古来から受け継がれてきた祭りです。

本来は祭りの期間しか見られない幻想的なキリコを、年中見られる場所があります。

それが輪島キリコ会館。キリコ祭りの熱狂と迫力を感じましょう。

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輪島に到着

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のと里山海道の終点、のと里山空港ICまでたどり着きました。

そこからは一般道

県道271号から県道1号線と進みます。

別所岳サービスエリアから、輪島駅前に到着するまで約40分です。

能登半島の北岸

ここまでくると「遠くに来たなー」という気分になります。

道の駅 輪島 ふらっと訪夢

先ほど『輪島駅前に到着』と書きましたが、現在の輪島に鉄道駅はありません

確かに、交差点名称は「輪島駅前」となっているのですが・・・

これは のと鉄道七尾線が輪島まで運行されていたころの名残なんですよね。

でも穴水駅から輪島駅までの区間は、2001年に廃止されてしまいます。

その後に旧輪島駅が再整備され、生まれ変わったのが「道の駅 輪島 ふらっと訪夢」です。

旧輪島駅モニュメント

さて、以前は鉄道駅だった「道の駅 輪島 ふらっと訪夢」

今でも、鉄道駅だったことがわかるモニュメントが残っています。

ふらっと訪夢の建物を、輪島市文化会館の方に抜けると、途中のスペースに踏切が

道の駅輪島ふらっと訪夢の踏切

その隣にはホームと線路、そして駅名標がありました。

鉄道が走っていた頃の雰囲気を偲ぶことができます。

道の駅輪島ふらっと訪夢の線路とホームと駅名標

「シベリア」行きの駅名標

駅名標をよく見ると・・・

「シベリア」!?と書かれています。

「輪島」の駅名標には「シベリア」行きと書かれています

『終着駅』感を高めてくれる演出ですね。

でも、

『本当に、ここからシベリアに行っていたの?』

その疑問は、説明を読むと解消します。

「輪島」の駅名標には「シベリア」行きについての説明

旧輪島駅ホームの「シベリア」行き

平成13年3月31日まで、のと鉄道が運行されており、この場所に最終益・輪島駅がありました。そのホームの駅名標(看板)には、通常、輪島駅には最終益であるため次の駅の部分は空白となるところですが、そこには「シベリア」行きが表示されていました。

「シベリア」が書かれていた理由は定かではありませんが、聞くところでは空白であった部分に学生が「シベリア」、「ウラジオストック」などのイタズラ書きしていたものを当時の駅長さんの配意(?)で「シベリア」行きの表記がなされたようです。

旧輪島駅とシベリア鉄道との間には厳然たる日本海がありますので、決して繋がっていたわけではありません。どうか皆さまお帰りになっても旧輪島駅に「シベリア」行きがあったとは口外なさらないようにお願いします。信用を無くすことが心配されます。是非、輪島へ赴いて自分の目で確かめられるようお勧めください。

道の駅ふらっと訪夢・輪島駅長

ということで「シベリア」行きは、当時から続くシャレであるようです。

いずれにしても能登半島の北岸である輪島の海を、更に北に進むと、ロシアのウラジオストックに到達します。

輪島を『日本の果て』ではなく、『大陸との玄関口』だと考えれば、

この標記も、あながち間違っていないのだろうなと思えてきます。

輪島市について

ここで、輪島市についておさらいです。

  • 能登半島の北端に位置する市
  • 輪島塗や朝市で有名
  • 輪島港は「親の湊」と呼ばれた海上交通の要衝
  • 輪島沖の日本海では暖流と寒流がぶつかり水産資源の宝庫
  • 年間を通して湿度が高いことから漆器製作に大変適している

道の駅輪島ふらっと訪夢のCity Information

道の駅 輪島 ふらっと訪夢 

City Information

輪島市は、本州中央部日本海に突出した能登半島の北端に位置し、輪島塗や朝市などで知られる人工2万7千人の市です。

標高567mの高洲山を頂点とする山地が268平方キロメートルの面積の8割を占め、能登半島国定公園に指定されている51kmに及ぶ海岸線に迫っています。北方海上23kmには七ツ島、48km沖には舳倉島(※へぐらじま)がそれぞれあり、沿岸漁業の拠点として、また渡り鳥の中継地点として重要な役割を担っています。

輪島港は、かつて「親の湊」と呼ばれ、海上交通の要衝として繁栄しました。また、その沖の日本海では暖流と寒流がぶつかり合い水産資源の宝庫と化し、そこで捕れた新鮮な魚介類や広く豊かな山野で採れた旬の農産物が並ぶ朝市や夕市は、今でも市民や観光客に愛され続けています。

地形や海流の影響により年間を通して湿度が高い輪島の気候は、漆器製作に大変適しており、室町時代より育まれた漆器産業が日本を代表する「輪島塗」を生み出しました。

(以下省略)

※読み仮名は筆者追記

観光資源にも恵まれており、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで星付きの場所がいくつもあります。

その中でも二ツ星を獲得したのが「キリコ館」!

以前は郊外にあったのですが、2015年に市街地の海沿いにリニューアルオープンしました。

(「キリコ館」の様子は、この記事のもう少し後で紹介します)

ミシュラン・グリーンガイド|ミシュラン

輪島市文化会館 世界一の漆芸パネル

ふらっと訪夢の裏手に抜け、輪島市文化会館に入ってみましょう。

巨大な輪島塗のパネル壁画が目に入ります。

輪島市文化会館世界最大の漆芸パネル「海の奏」

「海の奏(うみのうた)」と名付けられたこの作品は、輪島の漆芸作家63名の手で11ヶ月もの歳月をかけて制作されたものだそうです。

海の奏の説明

海の奏

この漆芸パネルは縦2.6m、横1.2m、厚さ3.6cmのパネルを15枚つなぎ合わせ総長18mにも及びその大きさは世界最大の漆芸パネル作品であります。風と鳥と海、いわゆる風の音、鳥のはばたき潮の香りを漆の中で表現しており、乱舞する「アジサシ」と潮騒は「漆の町輪島」を象徴するものであり、その名を世界にと願うものであります。輪島の漆芸職人63名の手で11ヶ月もの歳月をかけて制作し1981年(昭和56年)8月10日に完成しました。

制作から29年の歳月が経過し経年劣化が進んたことから、「漆の町輪島」の振興を願い2010年(平成22年)に輪島の漆芸作家50名の手で修復を行い、制作当時の色合いを取り戻しております。

ゴーゴーカレー

ふらっと訪夢で、食事を済ませることにします。

輪島と言えば朝市が有名ですが、その市が出ているのは12時頃まで。

既に正午を回っているため、本日は朝市に立ち寄りませんでした。

さっと食べられる、ご当地グルメということで

ゴーゴーカレーに決めました。

ゴーゴーカレーは金沢カレーのチェーン店です。

その特徴は、次の5つ

(1)ルーは濃厚でドロッとしている。

(2)付け合わせとしてキャベツの千切りが載っている。

(3)ステンレスの皿に盛られている。

(4)フォークまたは先割れスプーンで食べる。

(5)ルーの上にカツを載せ、その上にはソースがかかっている。

元気の源 ゴーゴーカレー ホームページより引用

ゴーゴーカレー定番のロースカツカレー

定番のロースカツカレーを頂きました。

濃厚なカレールーです。

しかし、添えられているキャベツのおかげで意外にさっぱりと食べられました。

地方創生の成功シンボル

ここ輪島のゴーゴーカレーは、地方創生枠でできたそうです。

しかも、しっかりと利益も出ているそうで商売としても成功しており、雇用も生み出している。

一過性では無く、地域に根付いた生活基盤を作り出したという点で、正に成功シンボルだと思います。

13年前に地方創生枠の店舗として石川県輪島市にできた店舗は、商工会議所と民間が出資し合ってできた第3セクターがフランチャイジー(運営主体)だった。みんなで出資し合って、働く場所をつなぎとめたことで雇用を創出できた。当初は赤字も覚悟していたが、結果としてしっかりと利益を出すことができている。

ゴーゴーカレーが奄美大島に店を構える理由 創業者が語った「地方への思い」と「ココイチ」|東洋経済ONLINE(2018/11/10 5:10)

さあ、腹ごしらえも完了。

目的である輪島キリコ会館に向かいます。

輪島キリコ会館

輪島キリコ会館はマリンタウンの敷地にあります。

輪島キリコ会館の外観

ふらっと訪夢から、海の方へ向かうと約10分で到着します。

輪島キリコ会館の敷地内には十分な広さの駐車場があります。

「ぱしふぃっくびいなす号」が停泊していました。

日本有数の大きさを誇るクルーズ客船です。

輪島に停泊するぱしふぃっくびいなす号

ではいよいよ、ミシュラン二ツ星である輪島キリコ会館に入りましょう。

輪島キリコ会館

キリコとは

「キリコ」とは、能登半島で夏から秋にかけて行われる祭りで担がれる巨大な御神灯です。

「キリコ」とは聞き慣れない言葉ですが、

「切子灯籠」「切籠(きりこ)」「キリコ」

と変化していったのがその由来だそうです。

夏&祭り&灯り の組合せは、

なんだか昨年、青森・弘前で見た「ねぶた・ねぷた」に通じるものを感じます。

能登半島各地に広がるキリコ祭り

キリコ祭りは、輪島以外にも能登半島各地で行われます

その数、約200地域とのこと。

まさに能登文化です。

能登のキリコ祭り

能登キリコ祭りの日程

主な能登キリコ祭りは、このような予定で行われます。

主な能登キリコ祭りの予定

キリコのいわれ

まず、キリコについて予習しましょう。

キリコはどのような変遷で今の形になったのでしょうか。

パネルに説明がありました。

キリコのいわれの説明パネル

キリコの始まりがいつ頃かは、定かではありません。近年はしまわれたままのキリコも多くなりましたが、奥能登には大小8百本以上が今も保有され、180地区で姿が見られます。

(省略)

本来、キリコは笹ギリコと呼ばれる小さな姿が、次第に大きくなったものといわれます。そこに巨大な雄姿が競われ、総輪島塗で権勢を示す風潮が生まれました。

(案内パネルから引用)

能登のキリコ祭り分布図

キリコ祭りは、2015年に「灯り舞う半島 能登 ~熱狂のキリコ祭り~」の名称で「日本遺産」に認定されました。

この輪島キリコ会館、通常は祭りの時以外 解体されるキリコを、常時組み立てられた状態で見ることができる場所なんです。

館内へ

館内に入ると、大小様々なキリコが30本以上林立!

能登キリコ会館で林立するキリコ

迫力です。

能登キリコ会館で林立するキリコ

大きなものは、江戸時代の高さ15mもあるキリコ。

昔は、皆そのくらいの大きさだったそうです。

キリコの後ろには、武者絵が描かれています。

キリコの後ろには、武者絵が描かれています

キリコの後ろには、武者絵が描かれています

キリコの後ろには、武者絵が描かれています

キリコの構造

キリコの構造は、この図のようになっています。

キリコの構造

日本最大の担ぎもの

キリコは、この手の担ぎものとしては日本最大

一騎を約150人もの人で担ぎ上げるということからも、その大きさが想像できます。

中には、大きくなりすぎて車を付けて動かすようになったキリコもあるとのこと!

キリコの大きさの変化

そのように巨大なキリコですが、時代と共にその大きさは小さくなってきています。

その理由が、明治時代後期からの電線の普及。

電線によって高さに制限が出てしまい、大きさは以前の1/3ほどになってしまっています。

巨大なキリコ

展示されていた中で最も巨大だったのが、こちらの「能登国」キリコ。

最大の「能登国」キリコ

全高15mです。

最大の「能登国」キリコの説明

この写真は実際に、キリコを担いでいる様子ですが、周りの建物と比較するとその巨大さが分かります。(担ぎ手の様子から車で引くタイプのようですね)

最大の「能登国」キリコの写真

スロープで上からもキリコ

館内を進むと1階からスロープで2階へと進むことができます。

その時に、普通は見ることが出来ない高い位置からキリコを眺めることが出来ます

輪島キリコ会館では高い位置からキリコを眺めることが出来る

ここから見ると、奥の昔の巨大なキリコと、手前の現在のキリコの大きさの違いがはっきり分かりますね。

キリコの屋根の装飾も、間近に見ることができます。

輪島キリコ会館では高い位置からキリコを眺めることが出来る

いつかは実際の祭りに

今回、キリコについて理解することができました。

背景や変遷を知ることで、その文化をより深く、更に違った視点で楽しめるはずです。

是非いつか、実際のお祭りを見てみたいものです。

大松明

スロープを上りきった2階には、輪島大祭で燃やされる大松明が展示されていました。

輪島大祭で燃やされる大松明

松明神事の御柱です。

写真では伝わりづらいですが、これ大きすぎて大松明の頭の部分しかカメラのフレームに入りません。

柄の部分は、一階まで吹き抜けで立てられている高さで、おおよそ16mあります。

輪島大祭で燃やされる大松明

輪島大祭で燃やされる大松明

パネルで、次の様に説明されていました。

この大松明(おおたいまつ)は、毎年夏の輪島大祭で燃やされる、松明神事の御柱です。高さおよそ16mあり。輪島で伐り出された過ぎです。

輪島大祭は、海士町の奥津比咩神社、河井町の重蔵神社、鳳至町の住吉神社、輪島崎町の輪島前神社で、4日連続にそれぞれ大祭が行われます。

祭りの夜、各町のキリコが一年のけがれを乗せて神社に集合し、参拝の後、神輿を先導して浜に出て松明の炎で祓い清めます。重蔵神社では河井浜に宮の下松明と川尻松明が建てられます。

展示の御柱はその川尻松明ですが、柱の頂部に傘と縄と竹が見られます。これは、松明の明かりを目指して海を渡ってこられた舳倉(へぐら)の女神様が、重蔵の神との間に新しい神を生むときに、苦事もなく安産を祈るいわれを示しています。

傘は女神様の支給、縄は通常とは逆方向になう神事「九字切り縄ない」によって作られ、御子神様の「へその緒」をなぞらえています。

また3本の竹には御幣がつけられ、若衆が祭りの夜、燃え上がって倒れる松明から奪い取れば、一年の福が来ます。

翌朝、キリコには、お仮屋で新しく生まれた御子神様の御霊が乗せられ、各町内に戻って繁栄と安心をもたらしてくれます。

大松明はそんあ壮麗さを秘め、わたしたちを元気づけてくれます。

海女の文化

2階には、海女漁に関する展示もありました。

海女漁も輪島の貴重な文化です。

海女漁で使う道具

・オービガネ(アワビ起こし)とチゲ(弁当箱)

海女漁で使う道具オービガネ(アワビ起こし)とチゲ(弁当箱)

海女漁で使う道具オービガネ(アワビ起こし)とチゲ(弁当箱)

・海の中を覗くためのハコメガネとメガネカゴ(水中眼鏡入れ)

海女漁で使う道具、海の中を覗くためのハコメガネとメガネカゴ(水中眼鏡入れ)

・オケ・タル(舟に真水を持ち込む桶・樽)

海女漁で使う道具、オケ・タル(舟に真水を持ち込む桶・樽)

カチカラオケ(採った貝を入れる桶(目印))

海女漁で使う道具、カチカラオケ(採った貝を入れる桶(目印))

「輪島の海女漁の技術」は平成30年3月8日に重要無形民族文化財に指定されました。

「輪島の海女漁の技術」を重要無形民族文化財に

「鳥羽・志摩の海女漁の技術」に続き2件目で、従事者数では全国で2番目(約200人)となる。

石川県ホームページより引用)

輪島キリコ会館を堪能しました。

無人カート走行実験

外に出ると、無人カート走行の実証実験が行われていました。

(写真は、撮るのが間に合いませんでしたのでありませんが・・・34

輪島で無人カート走行の実証実験

車内を完全に無人にして行動で実験が行われているのは、輪島が初めてということです。

次の目的地へ

それでは、次の目的地へ

日本で初めて世界農業遺産に選ばれた、白米千枚田へ向かいます。

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奥能登には、二つの「田」の風景があります。一つは、海に迫る幾何学模様の「棚田」。もうひとつは、日本で唯一揚げ浜式製塩が受け継がれてきた「塩田」。里山里海の恵みと共に、人の営みの歴史を感じることが出来る絶好のドライブコースに行ってみましょう。