人生を主体的に生きるため身に付けるべきAI時代の簡単な習慣

過度のおすすめでAIに人生を支配されないために身に付けるべき簡単な習慣

気付けば生活の様々なシーンにAIが入ってきています。

人間だと思ってたチャット相手が、実は人工知能だったり。

このままだと便利になる反面、人間の視野が狭くなってしまう心配も。

そうならないためには、簡単な習慣を身に付けておけば良いんです。

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便利な生活の中に敢えて不便を持ち込む

AI技術が生活の中に入ってくることで、どんどん生活は便利になってきます。人間が面倒な判断することも減ってくるし、先回りして個人の好みに合わせた「おすすめ」をしてくれることも多いですよね。

でもそんな便利な生活だけではこの先、AIに人生を支配されてしまうような状況になるかもしれません。

それを防ぐには、AIの「おすすめ」だけに従わない。

生活の中に敢えて不便を持ち込んで、多様的な情報に触れる機会を作る習慣を取り入れましょう。

難しい状況でAIはどう判断する?

スマートスピーカーなどを初めとして、AI(人工知能)が身近になってきましたね。

車の自動運転も、もうすぐ実現する社会が来そうです。

自動運転では周りの状況をAIが判断して、事故を回避してくれるんです。

これによって、人間のうっかり事故も減ることが期待されますね。

でも難しい判断を迫られる状況では、AIはどんな判断をするのでしょうか。

例えば、どうしても事故が避けられない状況では。

事故が避けられない状況で誰を犠牲にすべきか

「自動運転の車に、若いドライバーが乗っていたとします。すると前方に、交通ルールを無視した二人の子供が飛び出してきました。道路の反対側には、高齢者が歩いています。こんなとき、自動車に組み込まれたAIはどう判断すればいいのでしょうか?」

【参考】【AI時代をどう生きるか?】第8回:AIが喚起する倫理問題とは:nomad journal

考えてみてください。

あなたは、AIにどんな判断をさせるべきだと思いますか。

  • 若いドライバーを犠牲にする?
  • 交通ルールを無視した子供を犠牲にする?
  • 無関係の高齢者を犠牲にする?

これは『トロッコ問題』で倫理的問題として取り扱われる内容と同様で、明確な答えはありません。

トロッコ問題(Wikipedia)

このような状況でどうすべきかという答えは、AIによる自動運転に限らず、人間でも判断が分かれることです。

しかしこれは起こりえる状況であり、遭遇した場合にはいずれかの選択をしなければなりません。

AIはどう判断するのでしょうか。

それをAIに決めさせる前提としてやはり、あらかじめ人間が価値基準を決定しておかなければならない、というのが僕の考えです。

AIはその基準に沿って、人間よりも早く性格に状況判断します。

しかしどんなにAI技術が発展したとしても、価値基準自体は人間が決める必要があるのです。

それが、人間の役割であり、存在意義でもあります。

過度の「おすすめ」で人生を支配されてしまう

また検索結果やSNS広告などで、個人の過去の検索内容や閲覧内容に合わせてパーソナライズされた結果が表示されることが普通になっています。

従来のマスを対象とした仕組みに比べて、個人にとって非常に便利な反面、自分の興味以外の情報については触れる機会が減ってしまうという問題をはらんでいます。

これは、検索アルゴリズムが過度にパーソナライズされてしまった結果生じてしまう、いわゆる「フィルターバブル問題」です。

フィルターバブル(Wikipedia)

レコメンドされた情報をそのまま受け入れるのかどうかは、情報リテラシーの問題も絡んできます。

仮にあなたが、何も考えずに情報を受け取るだけの存在になってしまうと、あなたはレコメンドされた限られた情報の中だけで人生を過ごしてしまうことになります。

そうすると更にレコメンドが進んで、得られる情報の幅がどんどん狭くなってしまう・・・

そうなると、あなたの人生はまるで、レコメンドを生成するAIに支配されていることおなじだと言えませんか。

敢えて多様的な情報に触れる機会を作る

自分の興味があることだけ、関心があることだけの偏った情報にしか接しない。

そんな状況が懸念される中、敢えてレコメンドされていない情報に触れる。

そうすることで、価値観の視野狭窄を防ぐことが重要です。

例えば簡単にできることですが、紙の新聞を読んだり、書店で普段覗かないコーナーに足を踏み入れる。

そんな習慣を取り入れるだけでも、多様的な情報に触れることができます。

その結果、新しい視点を得ることができる可能性が広がり、自分で判断出来る人生を送ることができるようになります。